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何故キックボクサーは皆MMAを目指すのか?

安保 瑠輝也選手、久保優太選手、芦澤竜誠選手、平本蓮選手

等、たくさんの元キックボクサーのチャンピオン達がMMA選手を目指していく。何故、キックボクサーはMMAを目指すのか?

そして、勝機はあるのか?

キックボクサーは何故MMAの選手になるのか?

日本のキックボクサーがMMA(Mixed Martial Arts)の選手に転向する理由はいくつか考えられます。以下はその一部です:

  1. 多様なスキルの向上: MMAは異なる格闘技の要素を組み合わせた競技であり、キックボクサーが他の要素(グラップリング、寝技、柔道など)を学ぶことで、より多様なスキルを身につけることができます。これにより、相手との対戦においてより柔軟な戦術が可能になります。
  2. 競技の人気: MMAは世界的に人気があり、大会も多く開催されています。そのため、選手たちはより広範な観客層に自分のスキルを披露する機会があります。これはキックボクサーにとって新しい挑戦となり、キャリアの発展に寄与する可能性があります。
  3. 報酬の向上: MMAでの試合は一般的に高額な報酬が期待できることがあります。特に有名な大会やプロモーションに参戦することで、キックボクサーは収入を向上させることができます。
  4. 国際的な活動の拡大: MMAは国際的に広がりを見せており、異なる国や地域で戦う機会が増えています。キックボクサーがMMAに転向することで、国際的な舞台での活動が可能になり、新たなファンやスポンサーシップのチャンスが広がります。
  5. キャリアの長寿命: 一部のキックボクサーは、年齢とともにパンチやキックによる打撃への耐性が低下することから、MMAのような総合的な戦術を取り入れることで、競技生涯をより長く続けることができるかもしれません。

これらの理由により、日本のキックボクサーがMMAに転向することは比較的一般的です。ただし、個々の選手の動機や経歴は異なるため、一概には言えません。

勝機はあるのか?

勝機はあると見ています。打撃のスキルが突出しているチャンピオンクラスの選手が柔術やレスリングを憶えたらどうなるか?期待したいですね。いずれ凄まじい選手が誕生するのではないでしょうか?

朝倉兄弟のJTTや堀口恭二選手のTOP BRIGHS、DEEP、SHOOT等のジムにも大いに期待したいところです。

逆にレスラーや柔術家が打撃のスキルを磨くこともあるでしょう。こちらも楽しみです。

 

 

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【RIZIN45】試合を終えて YA-MAN選手

RIZIN45お疲れさまでした!

RIZIN45で闘った戦士の皆様。本当に凄まじい試合をありごとうございました。

怪我のケアなど十分にしてからまたお姿をお見せいただきたいと思います。

 

今回は平本連選手vsYA-MAN選手の試合後のYA-MANさんのビデオについて書いていきたいと思います。

YA-MAN選手の気持ち

悔しい。

何が何でも勝ちたかったので本当に悔しい。

いつもは勝ち負けは気にしない、良い試合をすれば良いと思っていた。

でも、今回は・・・。

いつもは見ている人の事を考えることが出来ていたように思う。

でも今回はそうじゃなかった。憎しみで闘ってしまった。

周りの人を煽られ、怒り、憎しみで闘ってしまった。

それが敗因かもしれない。

悔しい。

 

作戦の遂行度

思ったより出来た。

だが疲労が凄い。

MMAの疲れ方はやはり激しい。

試合が終わった後吐いてしまった。

胃に食べ物が入っていなかったため胃液を吐いてしまった。

顔は腫れてしまった。

平本選手が上手かった。

自身の心の弱さが出てしまったように思う。

離れて打撃の展開に持っていったら違う展開もあったかと・・・。

スタミナが心配になり休んでしまう気持ちがあった。

疲れたから休もうという気持ちが出た。

それが弱い所。

平本選手のほうが肩で息をしていて疲れている様に見えたのに。

相手のスタミナをもっと削れたはず・・・。

 

作戦のミス

平本選手はオーソドックス(右打ち)で来ると思い練習していたが、試合はサウスポーで来た。

自分はサウスポー相手が得意なのでSNSで平本選手がサウスポーで練習しているのはフェイクだと思っていた。

相手が上手だった。

試合前の駆け引きでも負けていた。

MMA

MMAの歴はYA-MAN選手は1年、平本選手は3年と違いがある。

自分が上手く見えたのは平本選手がストライカーで組み自体はそこそこだからということ。

自分はTRIBEでやってきた。

これからもMMAを頑張ってやっていく。

そしてまた平本選手とやって勝ちたい。最終的には朝倉未来さんのところまでいきたい。

鈴木千裕選手ともやってみたい。

何処を目指す?

高みを目指したい。

この試合で格闘家を辞めてもいいと思っていた。

金もそんなにいらないし、承認欲求も無い。

目立ちたくない。

以前は見てくれる人に勇気を与えられればなどと思っていたが、エネルギーが枯渇してエネルギー源が無い。

以前は父を見返してやりたいと思っていたがもうそれはどうでも良い。

ただ上に行きたい。

これからはMMAを頑張る。

キックボクシングで白鳥選手とはカタをつけたい。

悔しい。

全てを出し切って負けてしまった。

実力およばず。

今は何をしたいか?と聞かれて

練習がしたい。

怪我が治ったら。

4針縫ったので2種間くらい練習出来ないかも?

でも1週間で治るかも?かすり傷でしょ?w

とにかく練習したい。

休むの嫌い。

格闘技しかないし。

キャバクラ行ったら今なら優しくしてくれるかも?

格闘技で失ったものは格闘技でしか取り返せない

結局格闘技しか無いんですよ僕達には。

 

【RIZIN45】試合を終えて

 

 

YA-MAN選手の内省的な言葉が興味深く心に響く。このビデオは秀逸で素晴らしい吐露が詰まっている。彼の言葉には力がある。

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アゼルバイジャンの英雄

「アゼルバイジャンの英雄」
先月の11日、自身のSNSでBellatorへの移籍を発表した、RIZINライト級トーナメント王者のトフィック・ムサエフ。今回は、このムサエフの経歴、人物などについて調べたことや思ったことを記します。

ムサエフは、1989年12月15日にアゼルバイジャンのバクーで生まれました(ちなみに自分は、アゼルバイジャンがどういう国なのか、ほとんど分かっていませんでした)。

12歳の時に空手を始め、2013年に23歳でプロ総合格闘技デビューを果たし、連勝を飾りました。忍耐強く鍛錬することを厭わない。このことから、真面目で謙虚な性格の待ち主であることが想像できます。

その後はロシアやウクライナの団体を主戦場に活躍し、中国や母国アゼルバイジャンで行われたイベントにも出場していました。そこでも連勝を重ねていたので、一戦一戦と強くなっていったことが伺えます。

2018年の12月31日に、大尊伸光との試合でRIZIN初参戦となりTKO勝ち。翌年の6月2日にはダロン・クルックシャンクに判定で勝利。この時は、まだ”未知の強豪”という位置付けで見られていたようです。

そして、10月12日にRIZINライト級に出場し、ダミアン・ブラウンにTKO勝ちで準決勝進出決定。ちなみに自分がRIZINを初めて知ったのが、この日でした。しかし、テレビで見ていたのでムサエフ戦は放送されず、“コーカサスの死神”の存在を、まだ認知することはできませんでした。

2019年の大晦日にはトーナメントの準決勝でもジョニー・ケースにTKO勝ち、決勝戦のパトリッキー・フレイレとの試合では、3Rを通して攻守が激しく入れ替わるハイレベルな熱戦の末、ムサエフが3-0の判定で勝利し、トーナメント優勝を果たしています。

個人的に、ピットブルとの試合は何度見返しても全く飽きない大激闘だったと考えています。この一戦を見られた人はラッキーで羨ましいです。一生ものと言ってもいいほどの名勝負。ムサエフは凱旋帰国すると、空港で多くの報道陣やファンに囲まれるなど国民的英雄として熱烈な祝福を受けました。この瞬間、アゼルバイジャンの英雄となったのです。

しかしその翌年の9月29日、コーチのルスラン自身のSNSで「ムサエフがアゼルバイジャン共和国軍に招集された」と報告、ムサエフが2020年ナゴルノ・カラバフ戦争に加わったことが判明しました。

この時自分は、戦争だから本当に何が起こるかわからない恐怖を感じました。ムサエフが無事に帰還できることだけを祈りました。

RIZINの榊原信行代表は当時、RIZIN.26でムサエフの出場調整をしていたが、結局断念したそうです。これに関しては、タイミングがかなり悪かったので仕方なかったと思います。

 2020年12月29日、榊原代表はムサエフが戦地から帰還したことを発表しました。自分はこのニュースを聞いて、心の底から安心しました。命を懸けて戦場から無事に帰ってきたアゼルバイジャンの英雄に心から感謝したいと思いました。

2022年、現在もコロナ禍が続き、未だに先が見えない状況ですが、一日も早い収束を祈るばかりです。偉大なアゼルバイジャンの英雄が、アメリカでも大活躍して王者になること、また、いつか万全の状態で日本で試合をしてくれることを心から願っています。

今回は、トフィック・ムサエフについて紹介しました。お読みいただきありがとうございました。

 

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自己紹介

皆さん、こんにちは。はじめまして、メイウィナーです。

格闘技ファンとしてブログを始めるにあたり、簡単な自己紹介をしたいと思います。

題して「格闘技に興味を持つまで」

今、自分は十代後半ですが、格闘技に出会ったのは高1の秋頃でした。RIZINとONEを見始め、カッコイイと思ったのが青木真也選手でした。

当時はわりと、KOや一本を狙う選手が好きだった気がします。

その後はトフィック・ムサエフ選手やイリー・プロハースカ選手が好きになり、毎回アグレッシブな試合にカッコ良さを感じていました。

その頃の日本の格闘技界は、今と比べてまだ少し認知度が低かったように思います。

自分も中1からプロレスに熱中していたこともあり、格闘技に対しては当初、“こういう競技もあるんだな”くらいの感じでした。

そんなある秋の夕方、RIZINの地上波放送を見つけ、MMAという競技を見るようになっていきました。

衝撃的だったのは、朝倉海V佐々木憂流迦の試合です。3年以上プロレスばかりを見ていた自分にとっては、“あんなにも早く試合が終わっちゃうんだ”という驚きが強かったです。

それの試合をきっかけに、YouTubeやSNSなどで試合を見るようになり、格闘技の魅力にハマッていきました。

このような流れでメイウィナーは格闘技ファンとなり、今に至るわけです。

MMAという競技と、その選手の凄さや魅力を自分なりにお伝えしていきたいと思いますので、これからどうぞよろしくお願いいたします。

メイウィナー

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